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とてわびやは居らむ草も木も榮ゆる時に出でて舞ひてむ 尾張濱主
 作者の尾張濱主は、本邦管絃舞樂の名家巨匠の隨一で、聖武・孝謙・淳仁・稱徳・光仁・桓武・平城・嵯峨・淳和・仁明の十代の朝に奉仕し、百十五六歳の高齡で歿した。この歌は、仁明天皇の承和十二年正月十日、天皇濱主を清涼殿前に召され、和風長壽樂を舞はせ給うたとき、舞了つて濱主の奏し奉つた歌である。事は續日本後記に見えて居る。
 一首の意。既に老いさらぼうた翁のわたくしとても、天地萬物の盡く榮える大御代に逢ひたてまつる忝けなさをおもへば、どうしてくすぶり蟄居して居られませう。いざ出でて慶賀の長壽樂を舞ひ奉りませう。第二句の『わびやは居らむ』は『わび居らむやは』と解すれば解りよい。
 この時濱主は百十三歳であつた。この月の八日にも大極殿で舞つたが、よぼよぼして起居も不自由な濱主が、いよいよ舞にかかると妙技を發揮し、『宛も少年の如し』と記されて居る。今や一億一心全力をあげて戰ふ時、誰かこの一首に感奮せざるものがあらうか。

 自分は今度三年ぶりで東京へ帰つて来た。さうして某日渋谷駅、渋谷駅貨物取扱所をたづねた。無用者立人禁止といふ札がかかつて居り、三年前のあの小山の如き、名状すべからざる荷のありさまと違ひ、フオームにはこぢんまりとして荷が積まれてあつた。自分は今昔の感に堪へぬといつた面持で暫くそこに佇立してゐた。それから、日本通運株式会社をたづねてみた。そこは一部の火災であつたらしいが、その隣に別に新築せられ、課長も替はつて居られた。ここは三年前、自分の屡訪れて荷を依頼したところである。さうして空襲の劇甚なころであつた。今は平和にかへり、機関も益整頓せられた。自分は此処でも佇立してややしばらく感慨にふけつた。それから美竹町の歯科医院をたづねたが、そのあたり一面が灰燼に帰し、大久保氏の行方も不明であつた。自分は其処を去つた。

この批評は、深切、丁寧で、刻々の実技に即してゐて、まことに名批評と謂ふべきである。そんならどうしてこの名批評が出来るかといふに、同じやうな実技の経験を幾度となく踏んだ人が、自分で相撲を取つたつもりで物いふのだから、批評に中味があるわけである。藤島取締の相撲評は毎年読んでゐるのだが、今回のは対象が対象だし、ほかに多くの批評が出たため、比較するのに便利でもあつたが、実に私は感服した。
 双葉山の話はこれでおしまひにする。しかしアララギは文芸の雑誌だから、何か関聯をつけた方が好いといふのなら、歌の批評にも、相撲における藤島取締の批評のやうなものが常に存すべきだといふやうなアナロギーを持つて来れば好いわけである。

  

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