レーザーなどではなく化粧品でシミを何とかしたい

私の場合30歳あたりで左の目じりのところに米粒くらいの大きさのシミができました。
ある日突然です。
「昨日までは何もなかったはずなのに!何で!」
シミに気付いたのは職場の食堂の洗面台の鏡です。
最初は何か汚れがついているものと思っていたのですが、こすっても取れない。
家に帰ってからよくよく見てみるとどうやらシミのようで観念しました。

私は昔お腹にも謎のシミができたことがありました。
これも急にできたのですが500円玉くらいの大きさで数年たっていつの間にか消えました。
これはおそらく紫外線によるシミではなかったのでしょう。
しかし顔のシミは紫外線による一般的なシミのようでまだ残っています。

私の場合には色々悩んだ挙句、もうシミは放っておくことにしたのですが、シミ用クリームについても少し調べたのでサイトを紹介しつつシミ用クリームについて書いてみます。

参考サイト:http://xn--t8j4aa4n6jiiv30tv1cpw8j.com/(シミ 化粧品)

まず最初に結論を言ってしまうと、化粧品は所詮化粧品なのであまり期待しない方がいい、ということです。
確実にシミを消すならレーザー治療でしょう。
しかし私のように「シミはそこまで気にしていないけど消えたらうれしいなぁー」ぐらいの人が試すには化粧品がちょうどいいのではないでしょうか。
やっぱりレーザー治療は勇気がいりますね。
絶対に失敗しないとは限りませんし、再発の可能性とか心配なことも多いです。
その点化粧品のシミ用クリームならダメでもともとというか「ちょっと試してみよう」という軽い気持ちで試せます。

シミ用化粧品クリームで実際にシミが消えるのかをネットでいくら調べても納得いく答えは出ないと思います。
私自身が散々調べましたから。
使った人の感想でも人によって言っていることが違い過ぎて全く参考になりません。
ファンデーションなどでさえ合う合わないというものがありますから、仕方がない部分もあるでしょうが、消えるのか消えないのか結局ははっきりしません。

「気休めはいらないから完全にシミを消したい」というならレーザー治療、軽い気持ちで試すならシミ用化粧品という感じでいいのではないでしょうか。
最初にも書きましたが私は何もしないつもりです。

ハーフ系カラコンを探している人にもおすすめのヘーゼル色!

ハーフ系カラコンと呼ばれるカラコンがあります。
ハーフ系メイクの時などに使うハーフの人っぽい目にしたいときに使うカラコンです。
ハーフカラコンの定番カラーといえばグレーとヘーゼルです。
ここでは特にヘーゼルカラコンについて書きます。

ヘーゼルというのはイエローとかベージュのような色です。
ハーフ系でおすすめなのはローラプロデュースのリルムーンですね。
リルムーンのクリームベージュとスキンベージュがヘーゼル系の色です。
リルムーンのハーフ系カラコンにはグレーもあって、クリームグレージュ、スキングレージュという名前です。

今紹介したリルムーンの4種類のカラコンもそうなのですが、ハーフ系カラコンにおすすめなのは3トーンのグラデーションになっているカラコンがおすすめです。
リルムーンのワンデーの場合「チョコレート」というカラーが1トーン、「ヌードチョコレート」というカラーが2トーンです。
3トーンのグラデーションになっているカラコンを付けると、瞳にひまわりが咲いているように見えるのですがこれがより一層ハーフっぽさを出してくれます。

ヘーゼルカラコンはハーフ系だけでなくナチュラルなものもあります。
吉川ひなのデザインプロデュースのプティアというカラコンがあるのですが、その中のエルムヘーゼルというのがとても自然です。
着色部分の内周面も外周面もドット柄で、離れたところから見るとぼやけたように見える感じに着色されているので、カラコンだと気づかれにくいです。
カラコンだとばれずにさりげなく瞳を大きく見たいときにおすすめです。

ハーフ系、ナチュラル、ときて最後は高発色のヘーゼルカラコンについてです。
倖田來未デザインプロデュースのラヴェールというカラコンがあります。
その中のシルキーベージュというカラコンが派手目の高発色ヘーゼル系です。
フチもくっきりとしているので目ヂカラがアップしますし、華やかなメイクとの相性がいいです。
そしてシルキーベージュよりももう少しナチュラルなシアーヘーゼルという種類もあります。

ヘーゼルカラコンは種類も多く、今回紹介したように選ぶカラコンによってさまざまな使い分けができます。
今までヘーゼル系のカラコンを使ったことが無い人も、この機会に使ってみてはどうでしょうか。

<参考サイト>

最初のテスト投稿 nothing …

とてわびやは居らむ草も木も榮ゆる時に出でて舞ひてむ 尾張濱主
 作者の尾張濱主は、本邦管絃舞樂の名家巨匠の隨一で、聖武・孝謙・淳仁・稱徳・光仁・桓武・平城・嵯峨・淳和・仁明の十代の朝に奉仕し、百十五六歳の高齡で歿した。この歌は、仁明天皇の承和十二年正月十日、天皇濱主を清涼殿前に召され、和風長壽樂を舞はせ給うたとき、舞了つて濱主の奏し奉つた歌である。事は續日本後記に見えて居る。
 一首の意。既に老いさらぼうた翁のわたくしとても、天地萬物の盡く榮える大御代に逢ひたてまつる忝けなさをおもへば、どうしてくすぶり蟄居して居られませう。いざ出でて慶賀の長壽樂を舞ひ奉りませう。第二句の『わびやは居らむ』は『わび居らむやは』と解すれば解りよい。
 この時濱主は百十三歳であつた。この月の八日にも大極殿で舞つたが、よぼよぼして起居も不自由な濱主が、いよいよ舞にかかると妙技を發揮し、『宛も少年の如し』と記されて居る。今や一億一心全力をあげて戰ふ時、誰かこの一首に感奮せざるものがあらうか。

 自分は今度三年ぶりで東京へ帰つて来た。さうして某日渋谷駅、渋谷駅貨物取扱所をたづねた。無用者立人禁止といふ札がかかつて居り、三年前のあの小山の如き、名状すべからざる荷のありさまと違ひ、フオームにはこぢんまりとして荷が積まれてあつた。自分は今昔の感に堪へぬといつた面持で暫くそこに佇立してゐた。それから、日本通運株式会社をたづねてみた。そこは一部の火災であつたらしいが、その隣に別に新築せられ、課長も替はつて居られた。ここは三年前、自分の屡訪れて荷を依頼したところである。さうして空襲の劇甚なころであつた。今は平和にかへり、機関も益整頓せられた。自分は此処でも佇立してややしばらく感慨にふけつた。それから美竹町の歯科医院をたづねたが、そのあたり一面が灰燼に帰し、大久保氏の行方も不明であつた。自分は其処を去つた。

この批評は、深切、丁寧で、刻々の実技に即してゐて、まことに名批評と謂ふべきである。そんならどうしてこの名批評が出来るかといふに、同じやうな実技の経験を幾度となく踏んだ人が、自分で相撲を取つたつもりで物いふのだから、批評に中味があるわけである。藤島取締の相撲評は毎年読んでゐるのだが、今回のは対象が対象だし、ほかに多くの批評が出たため、比較するのに便利でもあつたが、実に私は感服した。
 双葉山の話はこれでおしまひにする。しかしアララギは文芸の雑誌だから、何か関聯をつけた方が好いといふのなら、歌の批評にも、相撲における藤島取締の批評のやうなものが常に存すべきだといふやうなアナロギーを持つて来れば好いわけである。